※【恋しくて】を初めて御覧になる方は【恋しくて①a】を是非、先に☆ 風そよぎ揺れる樹木の枝葉
萌(もゆる)緑は我の想い
儚き君を この胸に抱きしめんとす
愛しき小鳥 我にとまりて歌え
憂いを取り去り 夢に集え
闇に怯えて泣かぬよう
黄金の月 蒼銀の星達よ
我を照らせ 道標とならん
迷いし者が明日に辿り着くまで
涼しき風よ 花を抱いて踊れ
小鈴を鳴らし 愛を伝えん
君を想いし者が此処にいると
★=☆=★=☆=★=☆=★=☆=★=☆=★=☆=★=☆=★=☆=★=☆=★=☆最初に『月に兎が居る』と言い出したのは誰なのだろう
月を見上げて ふと、そう思った。
青白く妖しい月…
(ヤバッ!)遮断機が鳴り始めたのが聞こえて慌てて駆け出す。
「あれ?」踏み切りを渡る途中、ホームの端に空を仰いで佇む人影が見えた。
切符を買い、階段を駆け上り、そして駆け下りると同時に
電車が、ゆっくりとホームに入ってきた。
(ハァ…ハァ…)ドアのそばに立ち、息を整えながら俺は
さっきの見覚えの有る人影のことを考えていた。
(こんな時間に、なぜ?)彼女の住まいは駅から徒歩10分ほどの所だと聞いている。
マイカーを所有している彼女がわざわざ電車に乗って買い物?
まさか、それは無いだろう
次の駅で快速の接続が有る。
彼女は自分と同じようにそれに乗るのだろうか
いや…終点ならば、わざわざ後ろの車両に乗りはしない
乗っていた鈍行が停止して乗客を吐き出す。
改札に向かう者たちと快速待ちをする列に加わる者たち。
自分もホームに降りて、その列の最後に並ぶ
ほどなくして快速電車がホームに入ってきた。
車内で快速待ちをしていた客がホームに降りてくるが
彼女が乗った車両から外に出てくる人影は無い
次の快速停車駅までは4つ。
きっと彼女は、そのいずれかの駅で降りるのだろう
目的地へ急ぐ人々を乗せ快速電車は走り出した。
俺は…
(別に急ぐ必要も無いさ…)快速電車を見送り、改札に向かう人の流れに逆らって歩き出した。
それほど親しくもない彼女が気になるのは何故なのか
いつも屈託の無い笑顔を見せている彼女が
何処か悲しげに見えたのは月の光のせいだろうか
6両目の一番奥の席に彼女は座っていた。
窓の外を見る横顔が やはり何処か悲しげに見える…
「此処よろしいですか?」俺は彼女の向かいの座席に腰掛けた。
「奇遇ですね」そう言う自分のセリフが空々しく思えた。
(奇遇だって?彼女が気になって乗るべき快速を見送ったくせに…)「こんばんは。今、御仕事の帰りですか?」彼女は俺が知っている何時もと変わらない笑顔で話しかけてきた。
「そうです」「電車で通勤されてたんですね。てっきり、お車かと」「いえいえ、普段は徒歩ですよ」「え?」「単身赴任で寮というか1ルームに一人暮らしなんですよ」「あら?じゃあ今日は…?」「3日ほど休みが取れたんで家族を連れて海にでも行こうかと」在り来たりの、何でもない会話が進む。
「久しぶりの御自宅なんですね」「そうですね。かれこれ…」日数を数える振りをして空[くう]を見上げた後、視線を彼女に戻す
返事を待つ彼女の上目使いの眼差しが可愛く思え見入ってしまった。
「昨日ぶりです」「へ…?」ハトが豆鉄砲を喰らったような顔を見せた後
彼女はケラケラと笑い出した。
「あははははっ」4つ目の駅を過ぎても彼女は降りなかった。
「ご旅行ですか?」笑顔が消え去り戸惑いの表情を見せる彼女に俺は焦った。
(しまった…余計なことを…)「あ、すみません。無理に答えなくても良いですよ」少し間が有ったが彼女は答えてくれた。
「妹のところまで…まだ連絡はしてないんですけど」「妹さんですかあ、私には兄がいます」「意外です。面倒見の良い長男って感じがしますよ」「いやいや、自由奔放な三男坊です」彼女に笑顔が戻り、ほっとする自分が居た。
取り留めも無い話を続けながら俺は彼女を見ていた。
飛びぬけて美しいとは言えない顔立ちと肉感的な体つき
そんな彼女に妙に惹かれてしまうのは何故なのだろう…
「きゃっ!」窓の外を見ていた彼女が
すれ違う列車の風圧に驚き反射的に身を捩った。
そのままバランスを崩すのでは無いかと思い
咄嗟に彼女の肩を掴んで支えようとした。
(え?)意外だった…
思ったよりも彼女の肩は女性らしく華奢に感じられた。
指で目を押さえ俯いたままの彼女。
目に何か入ったのかと心配になり覗き込んだ。
「大丈夫ですか?ビックリしましたねぇ」「えぇ、ほんとに…」そう言って俺を見る彼女の瞳は潤み目の端に光る雫を携えていた。
その瞳に映る自分…全てを見透かされいるようにさえ思えた
彼女の何かを言いたげな唇が俺を誘う
年甲斐も無く高鳴る鼓動、耐え難い衝動にかられ
思わず彼女の肩に置いた手に力を籠めた…その瞬間
終点を告げるアナウンスと共に列車はホームに滑り込んだ。
「着きましたね」何事も無かったかのように話しかける俺に彼女もまた
「話してたら、あっと言う間でしたね」と何事も無かったかのように微笑みを浮かべて答えた。
そう実際、何事も無かったのだ。
「楽しかったです。ありがとう」「こちらこそ」ホームに降り立ち、改札口へと向かう
彼女は常に俺よりも半歩ほど下がった位置を保って歩く
今時珍しいタイプの女性だ
また一つ彼女の魅力を知った気がした。
「妹さんのところへは此処からタクシーで?」「そうですね。歩いて行ける距離なんですけど夜だと
迷うかも知れないから。でも、その前に電話しないと…」(送って行きましょうか?)その思いは言葉は声にならなかった。
「急に行ったら怒られますか?」「いえ、近所の居酒屋で呑んでる可能性が高くて」(迎えに出た妹さんと鉢合わせでもしたら彼女が困るだろう…)そう思うと言い出す機会を失ってしまった。
「なるほど。急に行くと締め出しを喰らっちゃうってことですか」「そうなんですよ。以前、冬に締め出し喰らっちゃって悲惨でした」「凍死寸前?」「寒さよりトイレが…近くにコンビニなんて無かったから」「女性にとって、それは凍死よりキツイですね」「もう限界ってところで帰って来たので助かりましたけど」「あはは、良かったですね」改札口は目前だった。其処を抜ければニ人の時間は終わる。
自動改札の○印に「あがいても無駄だ」と言われているようで悔しかった。
「お先に」他に言葉が見つからなかった
「それじゃ気をつけて」「海、楽しんできてください」二人は互いに軽く手を振ると、それぞれの方向へと歩き出した。
二つ目の信号は赤だった。
何気なく見上げた空に青白い月が浮かんでいた
俺は踵を返して走り出した。
何故?
何故なのか俺自身にも解らなかった。
ただ…月が…
空に浮かぶ月が悲しげに見えて堪らなかったのだ。
★=☆=★=☆=★=☆=★=☆=★=☆=★=☆=★=☆=★=☆=★=☆=★=☆To be continued.( ´艸`)ムフッ♪